宣教ニュース

宣教師たちの医療ケア  元OMF国際医療アドバイザー S. ビーティ師

「でも、まさか宣教師がうつになったりしないでしょう?」 これは私が母国に一時帰国中、国際医療アドバイザーとしての働きをある集会で報告した時に出た質問です。この質問者は長年宣教の働きを支援してくださっている人でした。一応質問の形ではありましたが、「熱心なクリスチャンが、まさかそんな問題に苦しむなんて、考えられない」といわんばかりの様子でした。 この言葉はいかに宣教師が特別な存在で、一般人がかかる病気とは無縁のように思われてしまうかを示した例です。しかし宣教師も生身の人間です。心身の不調を感じることもあれば、病気にもなり、さらには、それらの問題を異国の地で体験するというチャレンジも抱えているのです。 また、宣教師は母国にいれば当然受けられるはずの保険医療制度(英国の場合)、または多くの多国籍企業の駐在員や外交官に用意されている医療ケアといった特権なしに、海外で生活しなければなりません。 [...]

総主事室より

◇菅家家の引越し準備が進んでいる(三月二八日現在)のを見ながら、自分が本当にこの総主事という重責を負って行くことが出来るのだろうかと不安になります。しかし、主の召しと皆様のお祈りがあることを改めて確認しています。 ◇五月号のいくつかの記事は宣教の働きの背後にある祈りについて、また宣教師を支える医療ケアについて書かれています。宣教の働きはチームワークです。今後とも、皆様と共に宣教の主に仕えていけるようにと願っています。よろしくお願いします。(佐 味) ◆事務局より。先月四月号と共にお送りしました「新総主事の就任のお知らせ」の中で、旧総主事の文章一行目に「二〇一八年」とありましたが、正しくは「二〇〇八年」です。お詫びと共に訂正いたします。

帰国が伝道の始まり  在英邦人ディアスポラ伝道 相馬裕美

九月から始まった学生伝道「カレーナイト」は、三月で半年を迎えました。大学の一学期が三月で終わるので、事実上最後の集会となりました。「これまでたくさんのイギリス人クリスチャンに会い、たくさん英語で聖書に触れる機会がありました。皆さんに残されているのは、あと半年のイギリスでの学生生活です。帰国前に日本語によるバイブルスタディに参加したい人はいませんか?もっと日本語で聖書を深く知りたいと思う人はいませんか?」少しドキドキしながら学生たちに聞きました。すると、なんと参加者のほとんどが日本語のバイブルスタディに参加したいと言ってきたのです。中には日本から聖書を送ってもらった学生も何人かいました。 学生たちにとって「カレーナイト」は単なる「英語で話す、友達を作る」場ではなくなりました。仕事を辞めてまで来たイギリスで、いろいろな壁にぶつかり、悩む中で「神様」の存在を知り、聖書の中に真理があることに気付き始めています。彼らにとって、これから残りの半年間は、日本語で聖書の神様をもっと深く知る期間となります。この中から救われる人が起こされることを祈っています。 [...]

犬も食わぬと申しますが  カンボジア 今村裕三・ひとみ

「お父さんとお母さんが喧嘩をしてるの!」私たちがソッケーン兄宅に到着すると子供たちが駆け寄って言いました。この半年で三回目の大喧嘩、今回は言い争いの真っ最中に遭遇。「黙って!」と仲裁しているのは長女シアンメイ(小三)です。私たちも協力してその日に仲直りは出来たのですが、誰もスッキリはしていません。 翌週の教会学校で、子供たちの言い分を聞きました。長男のメンヒーアン(小一)は「(両親の事を)あんなケンカして神様信じてるのか!」と怒っています。しかし、その話の直前に彼は弟(三歳)に殴られ、すぐに殴り返していたので、両親の言い争いも「罵って罵り返し、ひどい喧嘩になっていくね。それが罪なんだね。クリスチャンになっても罪は犯すんだよ」と話しました。 今、教会学校で学んでいるのはアブラハムの人生です。アブラハムの信仰のカッコいいところよりも、サラを妻ではなく妹だと嘘をつく失敗などに子供たちの共感が高いです。 [...]

逆転した人生  日本 菅家庄一郎・容子

総主事の時代はカンボジアで働いていた時のようには教会訪問をしてきませんでしたので、久しぶりの教会訪問に少しずつ慣れていっています。 三月二十日は東京フリーメソジスト教団・小金井教会での奉仕でした。二回の祈り会でこれまでの総主事としての働きと今後の働きについてお分かちさせていただきました。 三月二四日はJECAつつじが丘キリスト教会での奉仕でした。学生時代にキリスト者学生会でお世話になった竹内豪先生、里子先生が牧会されている教会です。 先生方は昨年五月からこの教会に招聘され牧師として働いておられますが、にこやかに一人一人の方の名を呼んで私たちに紹介してくださいました。 教会員のN姉の証を聞いて主の御名を崇めました。フランスでバイオリンを学んでいる中、スランプに陥り悩んでいたところ、フランス人の寮の掃除婦の方から日本語のトラクトを渡され、それを読んだことがきっかけで求道し、イエス様を信じるようになったそうです。(トラクトのタイトルは「逆転した人生」で野田秀先生が書いたもの)今はバイオリン演奏を通して主を証ししておられます。 [...]

V国祈り会  日本ディアスポラ伝道 横山好江

OMF日本委員会総主事が菅家庄一郎師・容子師から佐味湖幸師に交代するにあたり、菅家師夫妻が導いてこられた月例のOMF宣教祈祷会のお手伝いをするよう導かれました。 昨年夏にV国へミッション・ツアーが行われたのがきっかけとなって、V国祈り会が始まりました。菅家師はじめ、ツアー参加者が現地で出会ったワーカー、その働き、現地教会やクリスチャン、現地の人々のために祈りが捧げられます。 母国外に住む東アジア人を対象とするディアスポラ伝道部に属する私が、在日V人への働きを検討するように導かれたのは、昨年十月にイギリスで行われたディアスポラ伝道部リーダー会議においてでした。外国人労働者をさらに受け入れる法改正が国会で審議されているのを知り、二〇一九年四月から実施されることになりました。私の周りの方々に声をかけてみると、在日V人を迎えている日本の教会があちこちにあることが分かりました。 [...]

宣教師の支え方 国内主事 伊藤めぐみ

主人が召され丸二年が経過しました。月日の流れるのは速く、私の周りでも様々な変化がありました。しかし、心は周りの変化に追いつかず未だに「あの時のまま」と感じることがあります。どんな時にそれを感じるのか、それは家族三人で撮った写真を見た時にです。今では息子の身長は私を抜き、身体つきもしっかりしてきました。私も顔中にシミとしわが目立つようになってきました。今を生きる私たちが、当然ながらもう主人と一緒に写真に写ることはありません。どの写真を見ても、そこには「昔の私たち」と一緒に写る主人しかいないのです。そんな時、まるで心が「あの時のまま」止まってしまったかのように感じることがあります。こんな私たち家族がそれでも前に進めるのは、多くの方々の愛と祈りがあってのことだと思わされ、感謝の思いがあふれるのです。 これまでの私個人の宣教師生活を振り返ると、実際に海外に住んでいたのが九年、日本で学びや巡回、闘病をしていたのも九年です。なんと海外にいたのとほぼ同じ年数を日本で過ごしていたのです!しかもその間、多くの方々は祈りとサポートを継続して下さいました。 [...]

パヤオ聖書学校の始まり(三) タイ ミェン族 有澤達朗・たまみ

この証しは『神の誠実―中国奥地伝道団とOMFの物語』(二〇一四年)からの部分訳です。アジアに神学校を建てるための特別指定献金が届き…。 (百三十八頁) 私 (ジョン・デービス宣教師) は土地所有者ブンスィン・ブンカム氏の所へ急いだ。そして尋ねた。土地を全部売っていただけるか、そして値段は?あの酒を二杯飲んでから彼はとんでもない値段を要求してきた。それに対して私は、その値段はあの近辺の土地相場の二倍であることを示すことができた。私は尋ねた。「そんな値段を私が呑んだとしたら、あなたは強欲な人という評判が広まりますよ。不当価格を要求した、と世間から言われてもいいのですか?」 そんな評判は恥であり、タイの文化では、世間の目に恥さらしになることほど恐ろしいことはない。彼は三杯目を飲んだ。「だめだ、値段は下げられない。」私は立ち去った。 五日後、少年がブンスィンさんのメモを届けに来た。「わかりました。市場価格で売ります」と。私は妻ミュリエルと飛び上がって喜んだ。神様は私たちの想像を超えて、祈りに答えてくださったのだ。 [...]

伊藤志宣先生に最後にお会いした時のこと 活けるキリスト一麦教会牧師 古田大展師

伊藤志宣宣教師に「私の葬儀の世話をしてほしい」、そう私に頼まれた時、私は初めて先生が大変危険な状態にあることを知りました。志宣先生は四十代始めで突然ガンが見つかったのですが、 ガンを患われたと聞いても私には実感が湧かないままでした。いつも前向きでお元気な先生が病んでおられる姿を想像できなかったのです。 ご病気を患われた今、先生はどんな話をしてくださるのだろう、そう思いながら一緒のテーブルにつかせていただいて、先生といろいろなことをお話しました。 知的で冷静で、優しく大らかな先生でしたが、信じていることにめっぽう熱い素晴らしい方でした。そして何をテーマに話し始めても、先生との会話はいつも宣教や魂の救いの話題へと戻っていくのでした。 [...]

総主事室より

◇昨年六月末に日本に帰国してから、夏、秋、冬(何と七年ぶり)が過ぎ、そして春がやって来ました。しかし温暖化の影響か、昔とは四季の変化の速度や様子が違うように思います。常夏の国での生活に慣れた者にとっては大変目まぐるしい、しかしまた味わいのある月日でした。 ◇日本の気候だけではなく、政治や文化、経済、そして教会の様子など、私が日本を離れている間に大きく変化した日本の状況をもっとしっかり学ばなければならないと考えています。 ◇まだまだ浦島花子的なところのある者ですが、大きな責任を果たしていくことができるように、お祈りのうちに覚えていただければ幸いです。(佐 味)