私は4月にOMFのスタッフになり、その研修としてサーブアジアと呼ばれる短期宣教に参加しました。
■タイ西部メーソートでの短期宣教の概要
6月14日にタイの首都バンコクに集合し、翌15日に西部、ミャンマーとの国境沿いの町メーソートに移動。6月29日までの約2週間を過ごしま
した。メーソートでは、主にミャンマー人の集う現地教会が日々(本当に毎日!)行っている宣教の活動を見学し、同時にそれらに関わりました。日曜のメイン礼拝・ユース礼拝の他に、ミャンマーから逃れてきた人々の住むいくつもの地域や難民キャンプなどを回って福音を伝え、平日の夜に教会員の家に集まって聖書を学び、さまざまな理由から親と離れざるを得なかった子どもたちの暮らす寄宿舎を手伝いました。
今回の短期宣教のメンバーはとても国際色豊かな若い世代が集まりました。イギリス人のリーダー(親しみを込めて“おじちゃん”と呼んでいます)と、19才〜29才のシンガポール人、オランダ人、タイ人(タイ族とカレン族)と日本人の私の計6名でした。行く前に不安に感じていた自らの英語力やチームワークについては本当に守られ、とても祝福されました。
この旅を通して神様が見せてくださったもの、教えてくださったこと、そして神様から受けたチャレンジなど、全てを話すには全く時間・字数が足りません。その中で自らの信仰にとってのハイライトを紹介したいと思います。

■信仰の戦いと主からの平安
1週目の火曜日の夜のことです。ある教会員の家に近所の人が集まって聖書の学びをしました。私はそこで学びのリードを任されました。聖書の学び、リードと言っても、共に聖書の一部を読み、準備されたいくつかの質問を共に考えるスタイルではありません。聖書箇所から説教に近いようなスタイルで一方的に話していきます。私は、最近の葛藤と神様から示されたことを分かち合いました。概要としては、前職では自分の仕事が神様の働きにつながっている確信と期待があったものの、4月以降、OMFで働いていて迷子になっていること。そこに神様が箴言3章5~6節を語られたけれど素直には受け取れなかったこと。ある本から「ニグルの葉」という話を読んで自分がニグルだと知ったこと。つまり自分の爪痕を残そうとしてもこの世に残ることはないが、神様を求める時に主の真実の一部に関われるということです。
その日は午前中に牧場で救いの証しをし「良かった」「自分のために祈ってほしい」と何人もの人から言われてうれしくなっていました。そして、この夜の聖書の学びの事前準備も万端でした。しかし、自らの真実な告白だったにも関わらず、英語の原稿を読みながらまるで私の言葉ではなく、神様から与えられた言葉でもないような感覚に陥りました。また慣れない英語に引っかかり、通訳をしてくれていた青年との連携もうまくいかず、話が長過ぎるのではないかと焦りだし、参加者の疲れたような顔が気になり始めました。結論、私はリードを失敗したと思いました。
その夜、私の頭の中はこのことでいっぱいでした。シンガポール人のルームメイトがいつものように今日の分かち合いをしようと言ってくれた時、このことをつたない英語で説明しました。実は、タイに来る前にある宣教師から「神様から、優香が自己否定の大きな誘惑を抱えていると示されたんだけど?」と言われていました。図星でした。そして、サタンは見事にここを突いてきたのです。ルームメイトは第2コリント12章7~9節を開いて、確かに私は弱いけれど、それを通して神様の力が示されると言い、私のために祈ってくれました。クリスチャンホームで育った私にとってこの御言葉は馴染みがありました。しかし、この時の私には「私は弱い」という言葉しか頭に残りませんでした。サタンは私の声で繰り返し「お前は弱い。今日のあのリードは何を伝えたかった?空っぽじゃないか」と責めてきました。とても悲しく、苦しく、眠れない時間が過ぎました。私には神様に叫ぶことしかできませんでした。すると、まるでシャボン玉が無風の中で空にふ~っと上がっていくように、御言葉が浮かび上がってきました。
翌朝、このことを忘れないように書き記しました。「私は弱い。その通り。だって聖書に書いてある。でも、そこで終わらない。サタンはまるでそこで終わりかのように責めてくる。イエス様の荒野の試練のように。でもそこで終わるというのはうそだ。だって、神様は私を良いことをするようにと計画して造られた(エペ2・10)。神様の目から見た私は高価で尊い(イザ43・4)。神様は、この弱い私を、遣わそうとされている(イザ6・8、ヨハ20・21など)。そう、これらも聖書に書いてある真実。聖書に、完璧でありなさいとは書いてない。神様が栄光から栄光へと(Ⅱコリ3・18)、シミやシワのない、清く汚れのない存在へと造り変えてくださる(エペ5・26~27)。神様は若いからといって軽く見られてはいけない、模範になりなさい(Ⅰテモ4・12)と言われる。でも、周りの目を気にしなさいとは言われない。むしろ、神様に目を向けなさいと言われる(Ⅱコリ4・18)。」
これらの御言葉が浮かび、ベッドに横たわる私の心に平安が広がりました。そして、この出来事をできるだけ多くの人に分かち合いたいという願いが与えられました。どのように分かち合えるだろうかと想像が膨らみすぎて結局、あまり良く眠れなかったのは笑い話です。

この願いがまずここで実現したことに感謝します。また、共にいて多くを語ってくださった神様、チームを率いてくださったリーダー、最高のチームメイト、私たちを受け入れてくださった現地の教会の皆さん、祈りや献金で送り出してくださった皆さんに、心から感謝いたします。
【お祈りください】
■1日も早くミャンマーに平和が訪れますように。
■タイやその他の地域に逃れているミャンマー人の日ごとの必要と霊的な必要が満たされますように。
■日本から短期宣教に参加する若者が多く与えられますように。
■短期宣教で受けた恵みをさまざまな方法で日本の教会に分かち合えますように。
※短期宣教(サーブアジア)について詳しく知りたい方は、事務局までお問い合わせください。



