
わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、
あなたがたの道は、わたしの道と異なるからだ。
―主のことば―
天が地よりも高いように、
わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、
わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。
(イザヤ55・8~9)
OMF事務局での通算31年間を振り返るとき、このイザヤ書のみことばが心に浮かびます。私は小さい頃から聖書が身近にありましたが、さまざまな理由でイエスさまが大嫌いな子どもでした。それにもかかわらず、留学先のイギリスで再びイエスさまに出会い、紆余曲折の後に救い主として信じるようになりました。そして、同国の聖書学校に導かれたこと、その学校の校長が、かつて日本で働かれた元OMF宣教師であったこと、そこから日本のOMF事務局で働く道が開かれたことなど、これらすべてが私が思っていた道とはまったく異なるものでした。
■小金井OMFミッションホーム
1984年、OMF事務局での働きが始まりました。その当時、東京都小金井市にOMFミッションホームという宣教師の一時宿泊用の一軒家があり、その中の六畳一間の一室がOMF日本委員会(現OMF日本ホームサイドセンター)の事務所でした。襖を開けて中に入るとすぐ目につくのは巨大な文字盤がついた和文タイプライターでした。宣教ニュースの制作は、このタイプのレバーを使って文字盤から文字を探して拾い上げ、一文字ずつ紙面に打ち込むという、根気のいるものでした。宣教地から届く原稿は郵送で、原稿の締切日には郵便屋さんのバイクの音が遠くから聞こえてくると、「おっ、原稿来たか!」と外に走り出て行ったものでした。
ミッションホームに宿泊する各国の宣教師との交わりは貴重な経験でした。また、定期的な宣教祈祷会もこのホームで開かれ、当時のOMF日本委員会委員長、故芳賀正先生・秋先生ご夫妻と東京フリー・メソジスト小金井教会の方々を中心に、世界宣教の働きのために熱心な祈りが捧げられていました。
■市川OMF事務局へ「出戻り」
やがて諸事により私はOMFを退職し、その後はベトナム人難民保護施設で働いたり、NGO職員として東南アジアに赴任したり、外務省の途上国支援部門で事務職をしたりしていました。そうして、10年ほど経った1996年に、当時のOMF日本委員会総主事、牧野直之先生のお声かけで、思いがけず再びOMF事務局で働く道が開かれました。まるで「出戻り」ですが、振り返ればそれまでの10年間は東南アジアの現地や人々をまた違った角度から知る時期として、主が備えてくださった期間でした。
当時、事務所は市川市に移転しており、宣教ニュースの制作もワープロになっていました。その後にはコンピューターも導入されました。現地の宣教師もコンピューターを使い始め、宣教ニュースの原稿がメールで届くようになったのは画期的でした。しかし、「文字化けで読めないのですが…。これってウィルス?」「メールに写真を添付できないので、やっぱり郵送で送ります…」など、宣教地と日本の事務局の間でのドタバタがしばらく続きました。今ではそれらもなつかしい笑い話です。


■宣教師を見ながら思うこと
事務所で多くの日本人・外国人のOMF宣教師にお会いできたことは大きな特権でした。宣教師は異文化での奉仕の中でさまざまな喜び、驚き、困惑、葛藤を通ります。しかし、主はむしろそれらを用いて宣教師の内に働かれ、より主に似た者に変えてくださり、同時に宣教の働きを推し進めておられます。事務をしながら、そのような主のお働きを多く見させていただきました。特に、1期目の奉仕を終えて一時帰国した宣教師に久しぶりにお会いすると、「変わったなぁ、たくましくなったなぁ」とよく感じました。もっとも、日本語が出てこなかったり、ややユニークなふるまいをしたりする「あやしい日本人」に変貌している場合も多かったですが…。
また、事務局には教会や個人からのお問い合わせも多くいただきます。そうした方々とやりとりをする中で宣教師にお会いすると、宣教師が奉仕を続けられるのは、彼らを思い、祈り、励まし、帰国時にはあたたかく迎えてくださる教会や支援者がおられるからこそ、と強く感じます。
■変わっていく宣教の形
一方、宣教の形は大きく変わりつつあります。宣教師が「収穫の畑」に赴くだけではなく、今では「収穫の畑」から人々が留学生、労働者、赴任社員、技能実習生として来日し、私たちの周囲におられます。「宣教地」と「派遣国」の境界線はあいまいになり、地域教会が世界宣教の主体になりつつあるように思えます。また、インターネットなどにより、宣教の方法も大きく変化しています。OMFも時代の変化を見すえつつ、さまざまな方法を用いて福音を届けようとしています。
これからも主はその時代にふさわしい形を用い、人の思いをはるかに超えた道を示し、宣教のみわざを進めてくださると信じます。どうか、宣教の担い手として教会・個人の皆さまには、これからもOMFを用い、またご協力くださいますよう心よりお願いいたします。思いがけない道を示し、OMFを通して私の思いをはるかに超えた恵みを与えてくださった主に感謝しつつ。

※黒澤えみ子姉は、2025年9月に定年のため、退職いたしました。これからの歩みのため、どうぞお祈りください。
【お祈りください】
■黒澤えみ子姉の長年のお働きに、主が十分に報いてくださり、これからの歩みにも伴ってくださいますように。
■各国のOMF事務局で事務を担う働き人たちが、神の宣教の働きに関わっている喜びをもって、主に信頼しながら働きを進められますように。
■神の宣教が前進するため、「宣教地」の働き人と「派遣国」の働き人との間に良いチームワークが与えられますように。



