新人宣教師の証し 待機宣教師 坂西信悟

クリスチャンホームに生まれ育ち、素直にイエスさまを信じるようになった私は、小学校四年生のときに受洗へと導かれました。高校生の頃、信仰を持って生きようとしつつも、みことばに従えない自分自身の罪の深さを知り、悔い改める経験を通し、主から受けた救いがどれほど素晴らしいものであったかを知りました。その後も自らの罪を知らされ、十字架の愛の大きさを知ることを繰り返しながら、主とともに歩む幸いを味わっています。

坂西信悟です。お祈りをどうぞよろしくお願いいたします。

坂西信悟です。お祈りをどうぞよろしくお願いいたします。

私が初めて海外宣教に関心を抱くようになったのは、高校生の時にバイブルキャンプの中でアフリカの飢餓の現状の話を聞いたことがきっかけでした。その後、ウィクリフの教育宣教師との出会いから、当時なりたかった保育士の仕事が海外でも用いることができるかもしれないと思い、宣教師として働きたいと漠然と考えるようになりました。

大学在学中、いくつかの国へ短期宣教に行きながら、宣教師に導かれているかどうかを主に尋ね求めていきました。行く先々で出会う人々とのコミュニケーションは私にとって心踊るもので、宣教師に向いているのではないか、と感じるようになりました。教育学を学んでいたので教員免許を取得し、宣教の自由のない国に入って働く可能性を考えていました。しかし、大学を卒業する一年前に訪れたブラジルで、私の思いが主の前に問われました。ある方と話をする中で、私の大きな間違いに気づかされたのです。その方は「日本に住むブラジル人のために働きたいけれど、どうしても行くことができないので祈っています」という話をしてくださいました。その方にとっては何気ない言葉でしたが、私には衝撃的でした。私は自分が宣教地に行って仕えることばかり考え、宣教地のために祈っていなかったのです。主のために働こうと意気込んでいた私の心の奥にあったものは、自己満足や自己実現の思いであったことに気づかされたのです。私を通して働かれる「主」ではなく、主のために働こうとしている「私」が中心にいたのでした。私は一度、宣教師になるということを手放し、「主が導かれるならばどこへでも」と祈るようになりました。その後、不思議な導きで、生まれ育った横浜を出て大阪にある幼稚園に就職し、福音交友会昭和聖書教会に集うようになりました。

昭和聖書教会は日本から派遣している宣教師のために祈ることを大切にしていました。福音交友会は二組の宣教師を送り出しており、海外宣教の働き手を送り出す側として、ともに宣教の働きに仕えていることがよく分かりました。海外宣教は教会の働きであり、祈りによって進められているという大切なことを、昭和聖書教会での教会生活を通して主は私に教えてくださいました。

幼稚園で働きつつも、海外宣教の働きへの思いを持ち続けていた中、タンザニアで働かれている宣教師ご家族を訪問する機会が与えられました。出会ったタンザニア人牧師が福音の届いていない村に通い、伝道し、信じる人が起こされ、教会が始まっていく様子を垣間見せていただきました。その中で一つのみことばが思い出されました。「その後、主は別に七十二人を指名して、ご自分が行くつもりのすべての町や場所に、先に二人ずつ遣わされた。」(ルカ十・一)

特に、「主が行くつもりのすべての町や場所」という言葉が、タンザニアで見た光景、また聖書の様々な出来事と重なっていきました。この牧師が訪問していたこの村も主が行くつもりにしているところであり、主が福音を届けたい、救いたい人がいるところだったのです。さらに、主が行くつもりにしているところへ、弟子たちが遣わされていることを間近で見たとき、私自身もこうして救いに導かれたのだと気づかされました。多くの方が私のために祈り、実際に顔と顔を合わせてみことばを伝え、関わってくださいました。主は私によく分かる言葉と方法でご自身を現してくださいました。それは主が私を愛し、私を救おうとしておられたからです。そして、今度は私がキリストの弟子として、主が行くつもりにしているところへと遣わされるのだと知りました。

メコン川流域に住む少数民族へ
メコン川流域に住む少数民族のために祈るようになったのは、二〇〇六年のOMF、ウィクリフ、KGK共催のフィリピン宣教地視察旅行で、有澤達朗・たまみ宣教師夫妻と出会ったことがきっかけでした。ミェン族のことを細々と祈り続けていく中、主がメコン川流域に住む少数民族のところへ福音を届けようとしている熱心を感じるようになりました。そして、実際に北タイのミェン族を訪問した際、祈りとともに宣教師を遣わすことを通して、さらに主を深く知ることができるのだと教えられました。

すべての国民、部族、民族、言語から、だれも数えきれないほどの大勢の群衆がともに主を礼拝する(黙示録七・九~十)。その日を待ち望みつつ、この時代にあって私たちは主の宣教の働きに仕えています。様々な宣教地があり様々な役割がある中、私はどの部分を担うことを通して主の宣教に仕えるのかを問いつつ、一つのみことばが心に留まりました。

主はこう考えられた。「わたしがしようとしていることを、アブラハムに隠しておくべきだろうか。」 (創世記十八・十七)

私がこれまでの歩みの中で見たこと、知ったこと、祈ってきたこと、それらはみな主が私に分かち合い、「わたしとともに仕えないか」と招いておられたのだと気づかされました。海外宣教への思いが高校時代に与えられたこと、それを一度手放す経験をしたこと、宣教のために祈るようにと教えられたこと、宣教は主の働きであると教えられたこと。これまでのプロセスを通して、主は私に海外宣教という主の働きをともに担うようにと導いておられたのだと確信しました。メコンフィールドの中での派遣先の国、民族は主の導きを祈っている段階です。しかし、どこに遣わされたとしても、そこで出会う人とともに主を知りたいと願っています。そして、彼らとともに主が行くつもりにしておられるところへとさらに遣わされていきたいのです。


ともに呼び出されて
坂西信悟とともに歩む会代表、 福音交友会・昭和聖書教会 牧師代行 安西幸男

昭和聖書教会海外宣教部が坂西信悟師の海外宣教への主の呼び出しに呼応し、祈り支えが諸教会に広がっていくようにと新たに支える会を設立したのが二〇一六年九月。二〇一九年に福音交友会派遣宣教師となり、約一年の語学留学の後、OMF待機宣教師として皆様に紹介されるまでになりました。この四年間を思うと感慨深いことです。支える会は帯を締め直す思いで「坂西信悟とともに歩む会」と改称いたしました。主はただ働き人だけ呼び出されたりはしません。あなたもここに加わりなさいと周囲を呼び出されます。坂西信悟待機宣教師のための祈りの輪に、これからは遣わされる地の人々のための祈りが加わって、その輪がこれからいよいよ広がってゆくのを主が見せてくださいますように。

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