台湾のニュースレターから

市場に福音を持って
その日も市場は朝から暑く、にぎやかで活気に満ちていました。お客にとっての市場は思わず足を止めてしまう、おいしそうな食べ物があふれる場所です。しかし、多くの人にとってそこは働く場でもあります。メイ・フアはその市場でバナナを売っています。毎朝四時には問屋でバナナを仕入れて市場へ向かい、いつもの場所で店を開きます。しかし、その後は客との短い会話以外に、彼女が言葉を交わせる相手といえば、すぐ隣に店を構えるそば屋と飲み物売りだけで、ただ退屈なばかりの時間が過ぎていきます。そして、午後二時に店じまいし、家に帰りつく頃には、もうテレビ、夕食、そして寝るだけの力しか残っていない…それが彼女の毎日です。

台湾の市場にて(写真と本文とは関係ありません)

しかし、水曜日は少しばかり変化があります。水曜の午後にはお寺で霊媒になる訓練を受けているからです。インドネシアや日本での地震について、予知夢を見たことから、彼女は自分には霊感があると信じています。

ある日、メイ・フアは市場の中を歩いている一人の外国人女性に気づきました。彼女はあまり急いでいる様子もなく、店先の品物より、売り子たちの方に関心があるようでした。驚いたことに彼女は中国語も話し、喜んでメイ・フアの話し相手になってくれたばかりか、彼女が他のお客の相手をしている間はそこで待っていてくれました。

ある日、その外国人女性は、ある物語を話したいのだけど、と申し出てきました。メイ・フアは退屈しのぎになるならと思って承諾し、比較的お客の少ない月曜日が、そのお話の日となりました。外国人女性は微笑みながらやって来て、挨拶をし、邪魔にならないよう屋台の裏側に腰をかけ、話を始めます。お客が来れば話は一時中断されますが、中には彼女の話を一緒になって聞いていくお客たちもいました。

彼女が話す物語は、中国のおとぎ話とは全く違っていました。上帝という神がいて、その神は天地を創造した後、丸一日休息を取ったというのです!そして、最初に造られた人間たちは神の友達だったのに、神にそむいてしまった、という話でした。

また、他の日には、洪水が世界中を襲ったにもかかわらず、神に信頼していたために救われた人の話。また他の日には、百歳の人が、神から息子を授かるという約束を与えられた話。その外国人女性は神の民がエジプトで奴隷だった時に起きた驚くような出来事も話してくれました。その神はご自分の民を救われた時、ご自分が他の神々より力ある存在であることをはっきりと示したというのです。

このような話をメイ・フアは今まで聞いたこともありませんでした。そして、一人で店にいる時も、それらの話は彼女の心に残り続けました。彼女はこの話はどこから来たのかと聞き、返ってきた返事に耳を疑いました。「聖書?ほんとに?聖書にはこんな物語があるの?」その後、外国人はそれらの話が載っている小さな本を彼女にくれました。今でもその外国人女性はメイ・フアの屋台に来ては、新しい話を伝え続けています。

●福音に触れる機会が少ない労働者の人々の救いのためお祈りください。
●日曜日に教会に来られない労働者たちの元に地元教会が出て行き、小グループを持つなど、労働者たちの時間帯に合った伝道ができますように。
●街の市場や店先に通いながら信頼関係を結び、福音を伝える宣教師たちのために。地道な伝道に必要な愛とねばり強さ、相手の必要を見極める洞察力が与えられますように。

労働者伝道に召されて
大学で畜産を学んだヨン兄は、卒業後に台湾中部の嘉義(チアイー)近郊の養豚農家で働くことになりました。ヨン兄は高校の時に主を信じ、大学では宣教師たちに弟子訓練を受けていました。嘉義でクリスチャンの交わりを探していたヨン兄に、宣教師たちは「草の根」の労働者たちへの働きを主に続けてきた現地の開拓チームを紹介しました。

ある店頭教会にて

ある店頭教会にて

最初の頃のヨン兄は、今まで教会で見てきた働きと、嘉義の宣教師たちの働きとの余りの違いにただ驚き、戸惑うばかりでした。毎週の集会はずっと自由なスタイルで行なわれ、説教もなく、聖書の学びも教会ではなく、自営業の信者の店先で行われていたのです。しかし、時が経つにつれ、ヨン兄にも労働者への伝道の大切さがわかってきました。また、労働者たちに合った形で伝道しなければならないことも見えてきました。

ある夏、ヨン兄は今までの仕事を辞めて、嘉義の台湾人労働者のための教会開拓チームにフルタイムで加わりました。これは様々な困難が伴う決断でした。ヨン兄の未信者の両親には、息子が仕事を投げうって、他者からの経済的支援が必要な働きをするという事は、全く理解し難いことでした。また、嘉義のほとんどの人々、特に男性と話すには台湾語が欠かせません。台湾語が得意ではない客家人(はっかじん)のヨン兄は、語学教師につき、台湾語を学びなおさねばなりませんでした。

夏が過ぎ、伝道の助けになることを願って、ヨン兄は台湾南部のある神学校で学ぶことにしました。二年間の学びの間もヨン兄は嘉義の開拓伝道チームに実習生として加わり、週末に奉仕を続け、青年会や公園での子供伝道、聖書研究のリーダーや弟子訓練にも関わっていきました。こうしてヨン兄は開拓伝道チームにとって大きな恵みの存在となったのです。この間、彼は宣教師の一人から正式な指導を受けていましたが、宣教師の方が、ヨン兄から多く教えられていると感じたほどです!

しかし、同時にこの二年間の労働者伝道の中で、ヨン兄は様々な必要や困難も経験し、多くの失敗や失望も味わいました。しかし、喜びや嬉しい驚きも与えられました。福音を拒絶する人も多くいましたが、福音を受け入れ、キリストにある新たないのちを喜び、あえて信仰の一歩を踏み出して主に仕え、自分たちに福音を伝えてくれたヨン兄に感謝する人たちもいたのです。

神学校を卒業したヨン兄は、現在は隣国で主に仕えています。しかし彼の思いは今も台湾の労働者たちにあり、台湾に戻ったら、再び労働者伝道に戻りたいと願っています。

●ヨン兄のような神学生たちのゆえに主に感謝しましょう。さらに多くの神学生、牧師、伝道師が、労働者に合った「新たな教会」の形を模索し、実行していけますように。
●地元の台湾人クリスチャンたちが、宣教師たちが去った後も教会開拓の働きを引き継ぎ、未伝の地域、人々に積極的に福音を届けていきますように。

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