永遠のいのちを持つこと  カンボジア 今村裕三・ひとみ

少し前になりますが、日本のある教会で礼拝後、未信者の方から「どうしてクリスチャンになったか。クリスチャンになって、特に宣教師になって貧乏ではないか」という質問に答える機会がありました。その時に、私は「貧乏ではないですが、ちょっとした贅沢ができないですね」と答えました。その後、教会の牧師が「あと十年すると分かるよ」と付け足して下さいました。それからずっとそのことが心に留まっていました。そして気がついたのは「ちょっとした贅沢ができないのではなく、しようと思えばできるが、そうはしたくない」ということでした。なんとも悟るのが遅い者ですが、お金の使い方やお金に対する態度が、クリスチャンになる前から、そして、その後も変えられているのだなと思わされました。必要なものをすべて与えてくださる私の主に信頼して、安心して歩んでいきたいと思いました。

さて、ソッケーン兄とサオピア姉は洗礼を受けて一ヶ月が過ぎましたが、元気に過ごしています。洗礼が終わってからの聖日礼拝から献金を始めましたが、喜んで精一杯捧げる姿を見て感謝しています。ただ、礼拝と学びは彼らの自宅でしているので「聖日を聖別する」ということがよりよく理解できるようにと祈っています。また、家の前で野菜などを売っているので、礼拝や学び中にお客さんが来ることもしょっちゅうあり、その度に中断です。時折、しばらく参加していく人もいるのですが、礼拝や学び中は邪魔が入らないようにと祈っています。なによりも礼拝の時間にその商売を止めることができればと思います。住居環境において、居間と外がオープンに繋がっているので、なかなか難しい課題ではあります。三人の子どもたちへの信仰継承も続けてお祈りに覚えてくだされば感謝です。(裕 三)

「プレアジーアマチャ・スロラン…」クメール語のヨハネ三章十六節のさわりで、今月の教会学校の暗唱聖句です。ソッケーン兄の長女シアンメイ、長男メンヒアンは同じ箇所を二十回以上、大声で読み覚えていきます。お店に来たお客さんも聞いてくれ、良い伝道の機会です。

子ども聖書が読めるように、クメール語の識字教育中

現在、アブラハムのお話で、神様が人を祝福されるのはどんな時か?を学びました。子供達は良い事をしたらその見返りに祝福されると思い込んでいたのですが、そうでは無いことにびっくり!良い行いをするのは見返りを期待するのではなく、私達を愛してくださっている神様を喜ぶためであると学びました。私も子供達と一緒に聖書を学ぶのが楽しいです。近所の子供達は定期的に来ていませんが、出会うと挨拶をしてくれるようにはなりました。共に学ぶお友達がもっと起こされるように、またソッケーン兄かサオピア姉が教会学校を教える重荷を持つ事ができるようにお祈りください。

ソッケーン兄は座って本を開けて学ぶのが苦手です。時間が長くなると目がキョロキョロ、足がパタパタしてきます。暗唱聖句も苦手です。知識が必要な事は分かっているのですが、時には学びの得意な妻を羨む様子も見られます。彼は臆する事なく人に伝道する事ができる素晴らしい賜物を持っています。どうかソッケーン兄が知識も兼ね備えた伝道者となる為に、学びも楽しんで出来るようにもお祈りください。(ひとみ)

【祈りの課題】
1.ソッケーン兄の上の2人の子どもたち(シアンメイさん9歳とメンヒアンくん6歳)がクメール語の読み書きが出来るようになり、子ども聖書を読むことができるようにお祈りください。
2.8月22日~28日、福音主義医療関係者協議会(EMF)のカンボジア訪問を受け入れます。ストゥントラエン州での働きを見ていただきます。ツアー中、神様からの語りかけが参加者の皆さんにありますようにお祈りください。

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