愛の敗北 タイ ミェン族 有澤達朗・たまみ

多くの方々に祈っていただいたMSさんは、洗礼を希望し、四月私は準備の学びを提供した。その途端、彼女は以前と同じ状態に戻った。新生し聖霊を宿したクリスチャンに悪霊が侵入することは理論的(神学的)にありえないので、私は自分の「第一期」「第二期」(四月号)などの区分仮説を改訂する必要がある。彼女の口を借りて悪霊は「こいつはまだ(イエスを)信じていない。こいつは俺のものだ」と暴言を吐く。五月の第二次攻撃には、一月~二月に活躍した牧会チームではなく、パレー村教会の会堂管理者の奥さんゴイグエイ姉、その孫アサン君と三教会の青年たち、私たち夫婦で対処した。

日本の臨床心理士で、悪霊を追い出したこともあり、大学で心理学を教えている先生がMSさんのため断食をして祈ってくださっていた。この先生と何度か電話で祈った。その過程で、MSさんがすっかり良くなって忠実に礼拝出席を続けていた二月中旬から四月末まで、どんな気持ちでいたのか想像した。悪霊による直接攻撃は全く無くなっていたが、腹痛を訴え、夜昼となく「病院へ運んでください」と頻繁に電話が来た時期だ。あの期間、心の深いところで「良くなってしまって、つまんない」と感じていたのかもしれない。苦しい目に遭って運ばれて、入院し看護を受けることに幸せを感じていたのかもしれない。それに気付いていないこと自体が、悪霊の仕業ではなく、心の病の側面だったかもしれない。普通の生活ができるようになった寂しさから、心を再び悪霊に対して開くと、たちまち直接攻撃が始まったようだ。咬みつき、逃亡、就寝時ナタで我が子たちに切りかかる。

「乗り移られる時が前もって分かるので、隣家の義姉に頼んで椅子に縛り付けてもらっています」というのがこの時期の本人の対処法だった。ご近所から「縛り付けて、録音した讃美歌を聞かせると、少し落ち着いてきました。来てください」と電話を受ける。駆けつけて共に祈り、自分の口でも祈らせると正気に戻る。外国に出稼ぎに行っているご主人から「物理的に子供たちから引き離してください。チェンマイ市の精神病院へ移送をお願いします」と再三頼まれた。

地元の町立病院は数少ない救急車を他県へ走らせることを渋り、事故処理財団の医療ワゴン車を手配した。ところが両親も親戚もことごとく付き添いを拒否した。長女を捜し回ったが、どこかに隠れて姿を現さない。長男、次男を説得し同乗させた。サイレンも鳴らさず、赤・青のシグナルを点滅させ、ゆっくり出発する車の後ろ姿を見送り、悲しかった。

『ヨブ記』に「主はサタンに言われた。『では、彼をおまえの手に任せる。ただ、彼のいのちには触れるな』」に要約される真理がある。すなわち、サタンは神の定めた限定範囲内でしか活動できないという神の主権の宣言。また、神はわざとサタンを使い私たちの信仰を鍛え、神の知恵と権威を啓示する。MSさんとの関わりで私たちがくずおれなかったのは、この御言葉による。

宣教師になる前、いわゆる「霊的戦い」という科目を私が教わったのはトリニティー福音主義神学校(東京教室)のティモシー・ワーナー教授からだ。講座名は「力と力の対決(パワー・エンカウンター)」だった。しかしタイへ来て、この分野の現実に直面すると、「真理の(嘘つきサタンに対する)対決(トゥルース・エンカウンター)」というヘッセルグレイブ教授(京都で伝道され、後に同校で宣教学を教えた)の用語の方が正しいと思うようになった。理由は前者には、体格・技量が互角の力士二人が土俵際でせめぎ合いをするような、神とサタンの互角勝負、という非聖書的イメージを連想させる欠陥があること。また奉仕者の目を「悪霊追い出し」にのみ向けさせてしまう不備があること。対して、後者にはこの主題をより広い見地から捉えようとする大局視点(創世記から黙示録までの枠で捉える)があること。さらに、経験的(実証的)には、悪霊が居たたまれなくなり苦しみながら人から出て行く根拠は聖書朗読、祈りの中で引用する聖書、賛美歌に含まれている聖句か聖書真理の要約であり、「御言葉の真理が勝つ」ことが「霊的戦い」の真義であることを表しているから。

この大局と『ヨブ記』に立ち、一月から私たち夫婦は、奉仕チームが協力し取り組む過程で、長年対立を続ける二人の牧師が和解するように祈り続けた。だが一人は、悪霊追い出しの経験豊富な牧師を「彼は悪霊に対して臆病だからMSをいつまでも帰宅させない。あんなに慎重になる必要は無い。臆病者の意見など聞かず即刻帰村させろ」と決めつけた。MSさんを宿泊させた隣の婦人伝道師は「うんざりだ。この人は悪霊が原因ではない。早く精神病院へ連れて行って」と初期から嫌悪感を表した。第二次攻撃が始まると「私は関わらない」と宣言した。パレー村教会の会堂管理者たるご主人も、MSさんを教会ゲストハウスに泊め、祈り聖書を教えることを禁じた。悪霊を追い出す祈りを大声で大げさにする人々に聖霊による人格と信仰の成長が見られない。

つまり私が悲しかったのは、MSさんのクリスチャンではない親戚や長女が母親を見捨てたということではない。「神の働き人」を名乗る者たち数人の愛が負けたからだ。(達 朗)

【祈りの課題】
1.パレー村の女子青年ニンさんは、MSさんを助ける奉仕の最中に信仰告白をし、救われました。就職して村を出る前の1年間の聖書の学びが祝福され、バプテスマに至るよう祈ってください。
2.パレー村教会の男子高校生アサン君(会堂管理者夫妻の孫)の洗礼準備の学びが続いています。救いの教理の理解が聖霊によって深まるようにお祈りください。

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