宣教師たちの医療ケア  元OMF国際医療アドバイザー S. ビーティ師

「でも、まさか宣教師がうつになったりしないでしょう?」

これは私が母国に一時帰国中、国際医療アドバイザーとしての働きをある集会で報告した時に出た質問です。この質問者は長年宣教の働きを支援してくださっている人でした。一応質問の形ではありましたが、「熱心なクリスチャンが、まさかそんな問題に苦しむなんて、考えられない」といわんばかりの様子でした。

極限の寒さの中で…(モンゴルにて)

極限の寒さの中で…(モンゴルにて)

この言葉はいかに宣教師が特別な存在で、一般人がかかる病気とは無縁のように思われてしまうかを示した例です。しかし宣教師も生身の人間です。心身の不調を感じることもあれば、病気にもなり、さらには、それらの問題を異国の地で体験するというチャレンジも抱えているのです。

また、宣教師は母国にいれば当然受けられるはずの保険医療制度(英国の場合)、または多くの多国籍企業の駐在員や外交官に用意されている医療ケアといった特権なしに、海外で生活しなければなりません。

医療ケアの考え方や実際のケアシステムは、国や文化によって様々です。高い技術を持つ医師が、最新医療機器を駆使して高度な医療ケアを提供する所もあれば、医療教育の水準は高くとも、限られた所でしか現代的な医療・治療を受けられない所もあります。または医療ケアが大変遅れている所もあります。さらに新米宣教師として現地に入ったばかりの頃は、言葉の壁という問題もあります。韓国語がまだほとんど話せないというのに、初めて歯医者の診療を受けた時のことを、私は今でも忘れられません‥!

医療ケアのパイオニア的存在、マージョリー・フォイル医師による「名誉の負傷」という画期的な本があります。このタイトル自体が、宣教地という戦場には傷ついて引退や休養を余儀なくされる宣教師たちがいるという現実を思い起こさせます。良い医療ケアは、宣教師が疲弊しきってしまう事態を最大限抑えつつ、元気に良い働きを継続できることを目指します。こうしたケアには、賢い健康管理が欠かせませんが、それは宣教師がまだ母国にいる時から始まります。もし宣教師が何らかの健康上の問題を抱えているなら、まずそれがどれほど深刻なのかを査定し、将来の宣教地で受けられる医療サービスや、当人が将来関わる働きの妨げになるか否かを考える必要があります。そしてその健康問題が当人だけではなく、将来属する現地の宣教チーム全体にどう影響するかも検討する必要があります。しかしこれら全ては、祈りをもって慎重に決断しなければなりません。パウロが意識していた肉体のとげや、片脚でありながらも、「足が不自由な者でさえ、獲物を捕る」と主張し、CIM(OMFの前身)宣教師として遣わされたジョージ・ストット師などの例も忘れてはならないのです。

または暑さと湿度の中で…(タイにて現地の人とカニの捕獲)

または暑さと湿度の中で…(タイにて現地の人とカニの捕獲)

拒食症、喘息、がん、うつ病、糖尿病、高血圧、子ども特有の病、学習障がい、妊娠合併症など、病例を挙げれば枚挙にいとまがありません。では宣教師が病気になった時、宣教団体派遣教会とは協力してどのように彼らを助けたらよいのでしょうか。

この問いに対して、OMFは医療アドバイザーチームを編成しています。国際医療アドバイザーを筆頭に、派遣国の医師と派遣先国の医師たちがチームを組んで、OMFのリーダーたちに、一般的な医療の見地から宣教師の派遣に関するアドバイスをします。そのため、新たな宣教師候補者は全員心身両面において検査を受け、目指す宣教地で奉仕するための健康と適性があるかどうかを判断されます。すんなりと判定される場合もあれば、複雑な状況を伴う場合もあります。判定は単なる合格・不合格ではなく、候補者の回復力の度合いを判定し、(医学的な見地から)各人が東アジアで主に仕え、主に栄光を帰すためにベストの機会を提供するためのものです。

現地で働き始めた後も、宣教師(とその子供達)は定期的に宣教地医療アドバイザー(FMA)による医療チェックを受けます。これは問題を早期発見し、または経過観察を行ない、予防策を講じ、ストレスレベルを診断し、宣教師が健康面で気にかかっていることを話し合うためです。FMA自身も自身が宣教師として異文化経験があり、宣教地の文化・背景を理解していることが理想です。

しかしそれでも宣教師が外国で病気になったらどうなるのでしょうか。中には医療水準が大変高い宣教地もありますが、そうではない場合もあります。受肉的働きを信じる宣教師・派遣教会・派遣団体は、現地の医療システムを信じて、例えば僻地の粗末な医療設備のもと、最小限の麻酔と安全性が確認できていない輸血用血液を使っての外科手術を受け入れるべきでしょうか。それとも、より良い医療施設でより良い治療を受けるために、現地から移送されるべきなのでしょうか。これは難しい問題です。また、そのための費用は誰がどのように負担すればよいでしょうか。

宣教師は複雑かつ特別な状況にいる人たちですが、現地のコミュニティに遣わされた彼らは主イエスの手となり足となる存在です。そのため、私たちは彼らの心身の健康をしっかり考えていく必要があります。苦難の神学や、現地文化に溶け込もうとする思い、賢く健康管理をする責任などについて勘案し、祈りながら検討を重ね、宣教師本人と現地の人々にとって御心に沿った最善の決断をする必要があるのです。

このようにして主に仕えている医療アドバイザーチームのため、どうかお祈りください。

 

 

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