伊藤志宣先生に最後にお会いした時のこと 活けるキリスト一麦教会牧師 古田大展師

伊藤志宣宣教師に「私の葬儀の世話をしてほしい」、そう私に頼まれた時、私は初めて先生が大変危険な状態にあることを知りました。志宣先生は四十代始めで突然ガンが見つかったのですが、 ガンを患われたと聞いても私には実感が湧かないままでした。いつも前向きでお元気な先生が病んでおられる姿を想像できなかったのです。

ご病気を患われた今、先生はどんな話をしてくださるのだろう、そう思いながら一緒のテーブルにつかせていただいて、先生といろいろなことをお話しました。 知的で冷静で、優しく大らかな先生でしたが、信じていることにめっぽう熱い素晴らしい方でした。そして何をテーマに話し始めても、先生との会話はいつも宣教や魂の救いの話題へと戻っていくのでした。

天に召される二週間前、総主事と本部からのお見舞い客と共に

天に召される二週間前、総主事と本部からのお見舞い客と共に

宣教地でのいろいろな思い出についても聞かせてくださいました。それは楽しそうに語られるので、まるでご自分が大病を患われていて、もう宣教に戻れる可能性がないことなど、忘れておられるかのようでした。そのお顔に浮かんでいた笑顔は、自らの成し遂げたことを誇る笑顔ではありませんでした。いつも何か嬉しくて仕方がないという子どものような笑顔で語っておられたことを思い出します。

滞在が少し長引いたことを気にしていたのですが、先生が大丈夫だよ、と言ってくださったので、私は二つの質問をしました。一つは「ハドソン・テーラーが今の時代にいたら、もう一つ宣教団体を作っていたかもしれない」という質問でした。何年も前に聞いた言葉だけれど、あの言葉の意味はどういう意味だったのか、ということでした。

すると先生は 「伝統に安んじる姿勢と、作り上げられた組織の規則の二つについて、当時は反発を覚えていたのだと思う」とお話しになりました。 「当時何人もの宣教師が、宣教への熱い思いなしに先進国なら安全だから、といって宣教に出かけていく姿を見ていた。そうした組織の規則や休暇規則などにかまけて守られることを当たり前と思う宣教師の姿と、もっと奥地へ、もっと未伝地へと願うハドソン・テーラーの思いとは重ならない、そう思ったのだと思うよ。」

でもね、と先生は付け加えられたのでした。「でもね、その規則ゆえに、私たち夫婦が病んでも守られたことを思うと、今そのような思いはないんだ。規則は宣教師を守りたいという愛から生まれているのだから。僕がハドソン・テーラーのことを言ったようだけど、実際、ハドソン・テーラーのいい部分は伝記になっても、影の部分は書かれていない。彼のワンマンな人事に悩んだ人はいただろうし…。ただ、そういう熱い思いを持った人のところに人は集まって来るものなのだけどね。」

もう一つあるんです、と私は質問をしました。「今度、『いつまでも残るものは信仰と希望と愛です』というみことばを説教しようと思っています。けれども希望だけがピンときません。先生の希望は何でしょうか。」

すると先生は、「希望、それは地上の希望ではないよ」とおっしゃいました。「地上の希望は失望に終わりうるのだから。だけど、永遠のいのちを天国で受けるよね。この地上の人生が、小さな点のようなもので、永遠のいのちは終わりのない線みたいなものととらえると、私たちが希望として抱いているのは、地上の望みではないことがわかる。希望とは永遠のいのちだよ。夫婦両方とも病気になって(奥様もかつてガンを患われた)わかったことがあるんだ。病んでいる方の気持ちと、その伴侶の気持ちはいつも違うんだって。病んでいる方は、天国に早く行きたいとそう願うんだよ。だけど、地上の家族が気になるので、板ばさみになったパウロの気持ちを理解するようになる。しかし伴侶の方はいつでも癒やしを期待しているものだ。妻が病んだ時も、妻は御国を期待し、僕は妻の癒しを期待した。今回、僕は御国を楽しみにしている。」

彼から、どんな時でも楽しく生きることを教えられました

彼から、どんな時でも楽しく生きることを教えられました

滞在は、私が予定していたよりも長くなってしまいました。「先生、もう帰ります」と立ち上がろうとした時、「古田君はどうだ、僕が行ってたところで宣教する気持ちはないか」と突然聞かれたのでした。私はこの日本、名古屋に使命を受けて派遣されているので、そのようにお答えしましたが、奥様が「古田君は牧師なのよ。教会が大変でしょ」と言うと、「いや、誰かが出れば必ず代わりは現れる。大丈夫だ」とはっきりとおっしゃったのでした。

そして先生はこう言われたのです。「神様の世界は引き算ではないよ。今の日本の教会は本当に内向きだ。だんだんひどくなっていく。十年前は『なぜ宣教困難な国を選ぶのですか』と聞かれたことはあっても、『なぜ海外宣教なんてするのですか』なんていう質問は一切受けなかった。海外宣教の必要をクリスチャンの皆が知っていたからだ。しかし日本に帰ってくるたびに、なぜ海外に送り出さなければならないのかと聞かれるようになった。だけど宣教に熱い教会はまだある。最近そう思うようになった。日本には熱い教会があるって。古田君、一人送り出したら、マイナス一ではないからね。何十倍のプラスになる、それが神様の国だよ。少年が五つのパンを惜しんだらそれでおしまいなんだ。でも、ささげる時にそれは千倍以上になる、それがイエス様のわざなんだよ。」

こう話されてからわずか二週間後のことでした、先生はイエス様のもとへ召されて行かれたのです。最後の最後まで、先生は宣教のことばかりを思い描き、救い主キリストを世界へ証しすることばかりお考えになっていたのでした。それはこのイエス様の他に、人を救いに導く名はどこにもないことを心から知っておられたからなのです。

宣教はしなければなりません。伝道はなされなければならないのです。キリストは証しされなければならないのです。伊藤先生から教えていただいたこうした伝道への情熱を、これからも大切にしていきたい、私はそう願わされています。

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