最後の希望 -S師-

クン姉は東南アジアのある都市の郊外で小さな家の教会の牧会をしています。ある日、彼女はその都市の中央病院を訪ねました。入院しているがん患者を訪問し、彼らを霊的な側面で支える働きができないかと思ったのです。感謝なことに、病院側はそれを許可してくれました。この国ではつい最近まで、公共の場で伝道すれば二~三日間は拘留されるのが普通だったことを思うと、彼女の喜びはなおさら大きかったのです。

ある市場にて(写真と本文とは関係ありません

ある市場にて(写真と本文とは関係ありません

さっそくクン姉と家の教会のメンバーたちは病院を訪れ、キリストにある希望を伝え始めました。さらにその家族たちとも知り合い、いよいよ末期となり家で最後を迎えるため患者が自宅へ戻った後も、患者と家族のために様々な手助けを続けました。このような教会員たちの働きを通して人々はキリストの愛を感じ、その中から生ける神を信じる人々が多く起こされていきました。

クン姉がこの全人格的な働きで福音を伝えるというビジョンを持ったのは、私たちが企画した四日間にわたる終末期ケアのトレーニングコースに参加したことがきっかけでした。このコースは四年前から全国各地で教会員対象に行われています。その間、私たちは様々な喜びやチャレンジを経験しましたが、その中で神が御国を前進させておられる、そのお働きを目の当たりにしています。

初めてこの国に来た時、私はまずこの国の言葉の学びと文化に溶け込むことに集中しました。その間、アジアに来る前は開業医だった私を神がどう用いてくださるだろうかと思いつつ、将来の働きの可能性も探っていました。

ある街角にて(写真と本文とは関係ありません)

ある街角にて(写真と本文とは関係ありません)

生活が軌道に乗るにつれ、地域の医療関係者の中にも知り合いができ始め、それと共にこの地域の医療の必要、特に死期が近い患者に対する終末期ケアの必要が見えてきました。また、この国の霊的な状況、つまり人間にいろんな影響を及ぼす霊的世界への人々の信仰と、それに伴う様々な考え方、その結果多くの人々が死の恐怖におびえていることもわかってきました。キリストにある希望がこの状況を変えることができる、その確信をもって私はこの国で最も大きい教団に属する医療関係者のグループに、この新しいアイディアを語り始めました。

祈りと忍耐と共に多くの過程を経て、自宅で死期を迎える患者にキリストの愛と希望を届けるために、信者がケアの方法を学ぶ四日間のコースが作られました。ここでは患者への簡単なケアに加え、終末期の患者とその家族の霊的必要、配慮をもって祈ることや、適切と思われる時に福音を伝えるなどの全人格的ケアの方法を学びます。実際の訓練では、参加者が死期間近な親族を看取った経験を分かち合えるディスカッション、「患者」のケアの疑似体験とその評価を行うロールプレイ、キリストの模範を学ぶ聖書の学び会、チームで働く時の計画作りを学ぶグループゲームを行います。

この訓練の結果、ボランティアでこの働きをする信者たちが、患者の家庭における全人格的ケアをもって各地域に仕え、神に栄光を帰すことが私たちの願いであり祈りです。悲しむ者に慰めと喜びがもたらされ、良き知らせが告げられ、神への賛美が恐怖や絶望にとって代わる時、主イエスの御国が目で見え、耳で聞こえる形で現れるのです。福音に心開かれた人々は地元教会に迎えられています。しかし将来に関しての私たちのさらなる祈りは、この働きが用いられて、やがてはまだ福音が届いていないコミュニティにも新たな教会が建て上げられることです。

訓練を受けた人々が地元地域でどのようにそれを実践しているか、その報告を聞く機会はあまり多くはありません。しかし上述のクン姉のような報告が伝わってくると、私たちにとっては励みになります。最も最近では、ある若い女性信者が大都市の病院に入院していた脳腫瘍の九歳の少年を訪ねたと聞きました。その少年が地元の村に戻った後も、彼女は少年と家族を見舞い、少年が召されるまで続けました。少年と家族の中の数人が主を信じ、キリスト教式葬儀が行われ、その場でも福音が葬儀の参列者に語られたとのことです。

次の段階はこの訓練を地元の働き人たちにゆだね、彼らが地域の必要に応じて適応、発展させていくことです。信頼できる医療専門家たちによる支援システムなど、ボランティアたちを支えるネットワークの構築、さらにはホスピスの開設の可能性についてまで、様々なアイディアが生まれています。しかし、今までの歩みの中で私たちが学んだ重要なことは、神はご自身の方法でご自身の時に働かれる、ということです。そしてこの働きが始まった時から、多くの人たちが忠実に祈り続けてくださったので、私たちは神が喜びの時も困難な時も、いつも共にいてくださっていると信頼し続けることができました。そして今、次に神は何をなさろうとしておられるのかを、私たちは期待しつつ見守っているのです!

 

Recent Posts
0