喜怒哀楽を共に カンボジア 今村裕三・ひとみ

年に数回、首都プノンペンへ行く時には、以前訪問していた方々を出来るだけ再訪問しています。約七年前から始めた訪問です。喜怒哀楽を一緒に祈ってきたので、久しぶりでも深い話が出来るのは感謝な事です。

その中で、今まで何回か祈っていただいたスレイナー姉のその後を紹介したいと思います(今年のOMFニュース一月号参照)。大喧嘩の末、夫のバンが家を出、他の女性との間に子供ができ離婚した人です。

バッタンバンのカトリック教会の鐘撞き堂

バッタンバンのカトリック教会の鐘撞き堂

 

バンは仕事の都合上、スレイナーの近所の自分の母親の家にいる事が多く、三人の娘を時々呼び出し会っていました。彼女は怒りはあるものの、諦めと、娘が父親に会うのを止める事も出来ず、家に上げてしまい、なんとお金まで貸してしまったそうです。スレイナーの弟(牧師)が、教育費の援助を渡したすぐ後の出来事でしたので、弟や妹はたいそう怒り、口をきいてもらえないそうです。スレイナーは、過去に弟妹の子供の世話など犠牲を払ってきたのに…と怒っています。私は両者の思いが分かるので返事に困りました。

スレイナーは夫への、さらに弟妹への怒りで涙が止まらない日々があるそうです。なぜ信仰を持った私がこんな目に会うのか?と聞かれ「私も分からないけれど、長い年月がかかって分かる事が出てくるかもしれない」と話すと、彼女は今わかるのは「反抗期の娘との関係が良くなった」「職場(孤児院)の子供たちに、自分の事も証しながら聖書を教えている事が自分の信仰の支え。神様が今の職場を与えてくださったから」と話してくれました。牧師である弟との問題でもあるので、教会を変わろうと娘に話したら、生まれた時から行っている教会を変わりたくないと拒否されたそうです。

スレイナーとその家族が、神様の中に生き続ける事が出来るようにお祈りください。 (ひとみ)

バッタンバンのバンブー・トレインに乗ってみました

バッタンバンのバンブー・ トレインに乗ってみました

 

十月、初めてカンボジア西部のバッタンバン州を訪問しました。タイの国境に近い州で、歴史的にはタイの領土になっていたこともあります。カンボジアのキリスト教史では、バッタンバン州はカンボジアのエルサレムと称されます。カンボジアでのプロテスタント宣教の初期から、この地で御言葉が宣べ伝えられ、多くの人がキリストを救い主として受け入れました。今でも多くの教会が立てられています。また、フランス統治時代にはカトリック宣教が進められ、バッタンバンのカトリック教会はカンボジアでも一番大きな規模だということです。実際に訪ねてみると、ちょうどカンボジアのお盆にあたるお祭りの期間でしたが、カンボジアのお寺かと思えるような教会の施設でキリスト教式にお祭りの期間を祝っていました。カトリックの伝統を知ると同時に、現地に福音を根付かせる努力を垣間見た時でした。一般的にカンボジア西部は福音に開かれているが、東部は共産主義の影響もあり霊的に暗いと言われます。ストゥントラエン州、クラチェ州も東部に位置します。福音の光がさらに輝くように祈ります。

今年もこの者たちを、多くの捧げものとお祈りで支えてくださって有り難うございました。昨年、カンボジア第三期の奉仕に戻ってきて難しい時を過ごしてきましたが、主の憐れみによって、そして皆さまのお祈りに支えられて今年も主の働きを続けられていることを心から感謝します。この十二月の皆さまの歩みも主にあって守られ、この一年間の主の恵みを数えるときでありますように祈っています。(裕三)

【祈りの課題】
1.12月、各地で行われるクリスマス集会の祝福のためにお祈りください。以前奉仕していたクラチェ教会のクリスマス集会を訪問する予定です。
2.スレイナー姉と3人の娘さんたちの生活の守りと癒しのためにお祈りください。

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