主の備えと、応える覚悟  佐藤 恵里華

北タイで有澤宣教師御夫妻の担うミェン族の宣教の働きに参加させていただいて、5ヶ月が経ちました。これまでに一生分の出会いが一度にあったかと思えるくらいに多くの人と出会いました。お互いをタイ名やミェン名やあだ名で呼びあい、私もアリカン(タイ名)、ナイフィン(ミェン名)、アーリー(あだ名)と命名されました。兄弟姉妹(後の兄弟姉妹)の存在を通して、主が生きて働き、導いてくださっていることを見せられています。その尊い一人ひとりは主が備えてくださった大切な隣人です。

20081119a~家庭教師はミェン人のクリスチャン~
こちらに来るまで、すぐそばに先生が備えられているとは思いもしませんでした。有澤宅に到着したその日に挨拶をした婦人は、神様と同族のミェン族を愛するクリスチャンでした。彼女は、これから宣教に参加しようとする者を助けたいと、喜んでタイ語を教えてくださることになりました。子育てをしながらでも仕事ができることは彼女にとっても好都合で、彼女自身も主に感謝していました。出足から短期奉仕期間をともに歩む励まし手が与えられ、「アドナイ・イルエ!(主の山に備えあり)」と、真実な主に感謝しました。

しかし、学びを始めて3~4ヶ月が経ってもタイ語が口から出てこなかったときには、いよいよ悲しくなってきました。主が導いてくださって始められたことなので、私の意志で止めることもできません。有澤先生はあらゆるアドバイスを下さり、たまみ先生は「語学の学びは一生ものであるのだから」と、励ましてくださいました。祈っていただき、学びを続けるうちに、ようやく耳がタイ語に慣れてきた気がしています。

今ではタイ語で「主のいのり」をして授業を始めています。なかなかタイ語が身につかない私でもこの祈りだけは、先生と心を合わせて祈ることができます。ことばを与えてくださった神様に求め、備えられた先生達に助けられて、学びは続いています。

~識字教育に集められた将来の教会リーダー達~
初めの4ヶ月は、午前のタイ語の学びが終わると、古いミェン語の本をパソコンに打ち込みました。ミェンの人に聖書を読んでもらう一心で始められた識字教育のための本は、時代を感じるものでした。

20081119b「私が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させたのは神です。(1コリント3:6)」
手渡された何冊かを眺めて、続けられている主の働きを、次は自分の世代が担うことを実感しました。タイピングは自分でも驚くほどゆっくり進行しました。慣れないタイ文字を20フォントに大きくして、ミスタイプをしていないかを確かめながら進めるのですが、祈り無しにはできませんでした。

地道な作業を続けていたある日、時に適って、識字教育クラブが始められることになりました。初日は、有澤先生が教えている大学の教室にミェン族の学生達やOGが4人、5人…と集まってきました。誰でも参加できるクラブでしたが集まったのは皆クリスチャンでした。初めは識字教育について聞いたことも無かった人や、ミェン語が少しずつ忘れられていっている現状にさほど問題意識を持っていなかった学生も、クラブ活動を通して母語の復旧に少しづつ興味を持ち始めたようでした。

日本で宣教状況を聞いて祈っていた時は、識字教育のための準備が早くもこの短期奉仕期間中に始められ、自分も参加できるとは予想していませんでした。しかし、ここに来て、実際にこれから識字教育のプロジェクトを進めていくことになる学生達を目のあたりにして、主が進められているわざは主のペースで実現していくことを実感しました。皆はそこまで考えないで楽しく参加していたのかもしれません。しかし、確かに主が集められた一人ひとりです。皆があらゆる仕方でミェン族宣教の一端を担っていくことを信じて祈りました。こうして又仲間が与えられたことによって励まされ、その後のタイピングの仕事はクラブ活動の準備と祈りの時間となりました。

~主の喜びである子供達~
週末にはミェン族の生徒寮を訪ねます。底抜けに明るいテン、静かに人を気遣うジェルナン、人を笑わせるのが大好きなガオジョイ、ギターが大好きなプルサート…賜物豊かな小学生から高校生の31人が学校に行くために親元を離れて「ミラクル寮」で生活しています。

ある日の祈り会でのこと。祈りについて聖書から分かち合った後にグループに分かれて祈った時、サクチャイが「勉強ができるように」と、涙を流して祈りました。自分の弱さを友達と一緒に主に祈り求めることができるとは、なんて幸いなことでしょうか。素直に求める彼を、主はどれほど喜んでおられることでしょうか。幼いうちから祈る特権を知っていること、祈った友達と机を並べて自分の祈りに一緒に応え、主の恵を味わっていけること…主が彼らに良い成績以上の祝福をすでに注いでくださっていることを感謝しました。ミラクル寮の日常の一こまに、確かに聖霊が働かれていることを見ました。

寮では、遊びながら小さな先生達にミェン語を教わり、ミェン料理やタイの野菜の採り方、使い方を教わり、彼らを通してミェンの村のことを教えてもらっています。寮に期待されている将来の展望は大きく、スタッフと経済的必要に関しては祈りつつ求めています。しかし、そこで誠実に働く宣教師のネリー、寮父母のジェットとメイツィンはたくましく、今日も、寮の子供達にとって「わたしの恵はあなたに十分である」と言われている主のことばが真実であることを覚えます。今、主に養われている生徒達がどんな実を結んでいくのか、彼らの存在は現在だけではなく、将来の楽しみでもあります。

~有澤宣教師ご夫妻と過ごして~
これまでの5ヶ月を通して、主は多くの人を備え、彼らを通して御自信の真剣さ、真実さを表され、宣教の現場で起きていることを見せてくださいました。その一方で、有澤先生ご夫妻からは、その主に、どのように応えていくか、生活を通して教えられています。主の働き人が召しに応えるためにそそぎこむ祈りと、多くの祈り手の祈りと、努力と時間は計り知れず…極自然に喜んで仕える宣教師の姿を見て、イエス様のもとに集まった者達に「天の父が完全なように、完全でありなさい」と言われたことを思い出します。イエス様は完全な御父に従われ、御父の完全な御計画を成し遂げてくださいました。

そのイエス様を追うように、目の前で同じ言葉を話し、同じ物を食べ、同じところで笑って過ごしている宣教師夫妻が、聖霊の力によって完全な父に従っている姿を見て…私はどのように完全な主に応えていくかを、問われているところです。

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