短期宣教プログラムを通して受けた恵み 琉球大学4年 二河田陽

私は宣教の働きに興味があり、今回訪れた国にクリスチャンの友人がおり、スケジュール的にも参加可能だったということであまり深く考えずこの旅への参加を決めました。旅が始まってみると日本チームの他のメンバーの姿を通してまず自分の決断の未熟さに光を当てられました。しかし神様は私の未熟な決断を通してでさえ、ものすごく大きな恵みを下さいました。

二河田 もともと私がこの旅に(漠然と)期待していたのは、「宣教に関するしめしを受けること」「就職などといった大きな問題が近づいてきている中で生き方を見直す機会が与えられること」でした。前者に関しては現時点では大学にいる留学生への伝道(“歓迎する”働き)、今回行った国のために祈ること、積極的に今回の経験を分かち合っていくこと(“動員する”働き)、今回行った国の言語やまだ行ったことのない国の宣教状況を知っていくこと(“学ぶ”働き)をしていきたいと思わされました。後者に関しては、純粋に神様に従って働かれているワーカーの方々の姿を通して、私もこの世的なものに惑わされずにただ神様の義を求めて生きていきたいと思わされました。また、ワーカーの方から「Try,try,try!」というメッセージをいただいたのでいろんなことに挑戦していきたいと思うようになりました。

この旅ではまた、想像もしていなかった恵みもたくさん与えられました。その中で私にとって最も大きかったのは「神様は本当に大きな方で、宣教が許されていないこの国においても御国は建設中であり、私たちは祈りを通してその働きに加えていただけた」ということでした。今回行った国では宣教が許されておらず(正確にいえば宣教師として入国ができないということで国内で福音を伝えること自体は違法ではないのだそうですが、法律とは関係無しにクリスチャンが迫害に遭うことはあるそうです)未伝の人も多いそうなのですが(バイブル、ジーザスといった言葉も聞いたことが無いという人も結構いるそうです)、その中でワーカーたちによって事細かな状況把握とそれに基づく計画立てがなされ、具体的な祈りが捧げられていました。またお一人お一人が言葉の壁に大変さを覚えたりされつつも知恵をもって働かれており、御国が建てられている音が聞こえてくるようでした。そしてプレイヤーウォークというプログラム等を通して、私たちもその働きに関わらせていただけたというのもものすごく大きな恵みでした。プレイヤーウォークというプログラムでは皆で街へ出て行き、病院や学校、寺院といった施設を見ながらその場所とそこにいる人のために祈ります。しかも普段のように目を閉じ手を組んで祈るのではなく、目を開け歩きながら、二人組みになって声に出して祈ります。祈っている対象の人が目の前を通り過ぎるのを見ながら祈るときの臨場感はものすごかったですし、神様の目を通してその街を見たらこんな感じなのかもしれないという想像もできました。そして何より、祈りが神様に聞かれているのを強く感じました。短期間の旅であっても祈りという方法で宣教に関わらせていただけたのが本当に嬉しかったです。

二河田210日間の旅でしたが非常に濃く、恵みに満ちていました。プログラムも知恵に満ちていて、この国をよく知り、よく祈れるようになっています。ワーカーの方々に直接会い、祈り合いつつ「現場」を味わうこともできます。本当に素晴らしい旅でした。日本チームのメンバー、日本側/現地側のコーディネーターのお二人、現地でお会いしたワーカーお一人お一人、現地の兄弟姉妹、そして神様に心からの感謝を捧げます。

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