豊かな恵みをもたらす投資 ―OMF150周年記念。その2―

news1551full一八六〇年十一月、ロンドン。ベイズウォーターの通りを散策していた人々は、向こうから歩いてくる風変わりな一行に驚きと好奇の目を向けました。一人は東洋人の男性で、妻と見られるヨーロッパ人の身重の女性を伴い、幼い子を抱いていました。その女性と幼い子供は西洋風の服装をしていましたが、どう見ても流行おくれのものでした。三人の後ろに続くのは小柄で弱々しそうな男性。みすぼらしい中国服を着たその姿は、明らかに召使いといった感じです。

ワン・レ・チュン(王立群)は妻・家族・母国の全てを後にして、ハドソン・テーラー(後ろを歩いていた弱々しそうな男性の方です!)とその妻マリアと共に、ヨーロッパへと渡りました。これはテーラーとワンの間にある深い絆によるものでした。

テーラーは中国教会の将来は地元の信徒たちにかかっているとわかっていました。中国人の信徒たちには霊的な成長と備えが必要でしたが、将来彼らが教会に関わる責任全てをその肩に負わねばならないことは明白でした。中国教会は神のもとにあって、中国人の手が担っていかなければならないのです。

ワンが初めて福音に興味を持ったのは、故郷で塗装職人として働いている時に、偶然ある会話を耳にした時でした。ある女性が一人の男性から線香入れを買おうとしていたのですが、彼は「自分はクリスチャンなので、もうそういう物は作っていないのです」と答えたのです。ワンの好奇心と霊的渇きが呼び覚まされたのはその時でした。彼はハドソン・テーラーに会い、その後一八五九年五月八日に洗礼を受けました。

それから間もなく、テーラー一家はテーラーの健康問題により、やむなくイギリスに帰る計画を立て始めました。もしワンが一緒に来てくれるなら、帰国の道中彼の弟子訓練ができる。そしてロンドンでもワンなら宣教師候補者たちの最高の中国語教師になれるのだが・・・。こうテーラーは考えました。しかしもう一つ他の計画もありました。ワンは読み書きができましたが、当時多くの中国人は読み書きができませんでした。そのためテーラーは彼(と時にはワンも)が比較的容易に人々に読み方を教えられるように、寧波(ニンポー)語にアルファベット表記をつけようとしていたのです。そして次には新約聖書全体を改訂するという気の遠くなるような仕事が待っていました。その作業に寧波語に堪能なワンの存在は限りなく貴重だったのです。

イギリスへの長旅の間、健康とはとても言いがたい状態のテーラー夫妻に代わって、ワンは彼らの幼い娘グレースの世話を手伝いました。また、家族に欠かせない新鮮なミルクのために連れて行くヤギの世話も彼の役目でした。グレースが寝静まり、テーラー夫妻に体力がある時は、夫妻は中国の働きのため、そしてさらなる働き人が与えられるように熱心な祈りを捧げ、そこにワンも加わりました。そのような交わりの時を通して、テーラーはワンこそが自分が求めていた人物だと確信したのです。

ベイズウォーターの親戚宅に滞在した後、テーラー一家はロンドン、イーストエンドに家を借りました。ワンは一家と住み、進んで料理と洗濯を引き受けました。彼は家族の一員として、クリスマスにはヨークシャーに住むハドソンの両親の家に滞在したり、ロンドンを見物するなど、常に家族と行動を共にしました。

一八六三年、ワンの中国への出発が迫っていました。ワンの妻には金銭的支援が定期的に届いていましたが、家族にはワンの存在が必要でした。しかしテーラーにとってもそうだったのです!疲労と病の中にあってすらも、ハドソン・テーラーの仕事に対する熱意は尽きることがありませんでした。一刻一秒を惜しむかのように、テーラーは将来の教会指導者、中国への宣教師となるワンと仕事に励み、ワンもそれに熱心に応えました。翻訳作業は深夜遅くまで続き、ワン自身の学びもすでに医学や神学で一杯になっていましたが、さらに薬学や解剖学すら加わりました。彼の学びのスケジュールは、出発日が近づくにつれさらに過密さを増し、一八六四年六月二日、グレイブセンド号でワンがイギリスを離れるまでにも、ガイズ病院博物館への最後の訪問、スポルジョンが説教したメトロポリタン・タバナクル教会、ジョージ・ミュラーとの最後の会見などが短期間になされました。

杭州に戻り妻子に再会したワンは、信仰の群れを知恵深く牧していきました。半径百六十キロにも及ぶ地域にできた教会のネットワークをたばね、その後も四十年間忠実に牧会を続けました。地元教会に対しテーラーがそう願ったように、ワンは外国の支援に頼ろうとせず、彼の牧する諸教会は経済的必要を他から満たすようになりました。

ハドソン・テーラーはワンの訓練に多くの力を注ぎ、ワンはテーラーにとって、初期の回心者の中でこれ以上望めないほどの器となりました。その親しい兄弟愛を通してワンに力を注ぐことは、神の恵みによってただ強く霊的に成熟したキリスト者を育てるだけでなく、数え切れないほど多くの人々の人生に、天からの豊かな恵みをもたらすことになるとテーラーは知ったのです。

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